東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)104号 判決
一 請求の原因1ないし3の事実については、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。
原告は、まず、食品包装用三層ラミネートフイルムにおける中間層として、第一引用例のポリビニルアルコールフイルムに代えて、エチレン―ビニルアルコール共重合体フイルムを用いることが適宜に行うことのできる範囲のこととした審決の判断は誤りであると主張する。
1 成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公報)本願発明についての「発明の詳細な説明」欄には、本願発明に用いるエチレン―ビニルアルコール共重合体のもつ性質及びこれを軽量包装用フイルムに用いた場合の欠点ならびに本願発明の目的などについて次のとおりの記載の存することが認められる。「本発明は強度及び加工性の改良された軽量包装用のエチレン―ビニルアルコール共重合体ラミネートフイルムに関するものである。エチレン―ビニルアルコール共重合体の性質は、そのエチレン含有率によつて変化するが、一般に、耐油性が優れ、酸素透過抵抗性が大きいけれども、硬くて脆くて、吸湿性、吸水性があるという性質をもつている。エチレン―ビニルアルコール共重合体の優れた酸素透過抵抗性を利用する用途に、食品包装がある。食品包装の容器の形状としては、袋状又は真空成形による軽量容器があるが、そのような形状で実際に使用する場合に、該共重合体単独では真空成形しにくいこと、及び得られた袋体又は容器が脆くて破損し易いという欠点を有している。すなわち、該共重合体が落下等の際の衝撃的な力に対して弱く、その欠点は、低温低湿度で顕著に表われる。」(一欄一四行ないし三一行)。
右に引用した発明の詳細な説明及び特許請求の範囲の記載によると、本願発明は、特許請求の範囲に記載されたとおり、各フイルムの材料及び厚さを限定したうえ、所定のエチレン―ビニルアルコール共重合体フイルムを中間層とし、一方の面に所定の低密度ポリエチレンフイルムを、他面に所定のポリプロピレン等より選ばれたフイルムを積層した構造の軽量食品包装用のラミネートフイルムとすることによつて、エチレン―ビニルアルコール共重合体が成形しにくく、脆くて破損し易く、しかも、吸湿性や吸水性があるという欠点を改良して、軽量食品包装用ラミネートフイルムとして要求される酸素透過抵抗性、香気保持性、食品の変色防止、防湿性、耐油性を備え(前掲甲第二号証二欄九行ないし一一行)、しかも、落下強度や加工性においても改良された(同実施例1・2参照)軽量食品包装用三層ラミネートフイルムを実現したものであり、そこに本願発明の技術的特徴があるものと認められる。
2 ところで、各引用例に審決認定のとおりの記載があることは、当事者間に争いがないが、エチレン―ビニルアルコール共重合体フイルムの酸素透過抵抗性という優れた特性を活かすとともに、脆くて弱く成形しにくいという欠点を除去するために創作された本願発明の前叙の技術的思想が、各引用例に示唆されているか否かという観点から、更に各引用例の記載内容を検討する。
まず、第二引用例(成立に争いのない甲第四号証)は、名称を「エチレンと酢酸ビニルとビニルアルコールとの共重合体の製造方法」とする発明に係る特許公報であり、その実施例7には、エチレン含有率四五モル%、けん化度九九%、極限粘度〇・〇九四のエチレン―ビニルアルコール共重合体が記載されているが、第二引用例には、このエチレン―ビニルアルコール共重合体を軽量食品包装用フイルムに用いることの示唆はない。第三引用例(成立に争いのない甲第五号証)は、エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物に無機顔料を含有せしめたものを被覆した紙に関する発明にかかる特許公報であり、その「発明の詳細な説明」には、「エチレン含有率が二〇~七〇モル%、好ましくは三〇~六〇モル%で、けん化度が九〇%以上、好ましくは九五%以上のエチレン酢酸ビニル共重合体けん化物は、ポリエチレンに比して、耐水性、防湿性の低下が小さく、ポリビニルアルコールに比して、印刷性、耐油性、気体不透過性(特に酸素不透過性)などがほとんど劣らず、しかも、押出特性………が良好である。」(一頁右欄一行ないし八行)との記載があるから、本願発明において限定された範囲に属するエチレン含有率及びけん化度のエチレン―ビニルアルコール共重合体フイルムが、第一引用例の三層ラミネートフイルムの中間層として用いられているポリビニルアルコール(ビニロン)フイルムと比較しても、酸素不透過性、押出特性、印刷性、耐油性などの特性においてはほとんど変らないことが、一応理解できる。
しかしながら、第三引用例の右の記載から、エチレン―ビニルアルコール共重合体フイルムが、ポリビニルアルコールフイルムと同じように、酸素透過抵抗性や押出特性などの優れた性質があることが理解できるとしても、第三引用例には、エチレン―ビニルアルコール共重合体の脆くて成形しにくく破損し易いという欠点を改良し、これを軽量食品包装用フイルムもしくはラミネート用素材として用いることの技術的示唆は何ら見出せない。
更に、第四引用例(成立に争いのない甲第六号証)は、けん化したエチレン―酢酸ビニル共重合体を溶融押出して製造したフイルムを生成方向にほぼ直角に引張ることによつて、高度の形態安定性を有するフイルムを製造する方法に関する英国特許明細書であり、その実施例1には、エチレン含有率三〇モル%、けん化度九八%のエチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物を押出成形して三〇μのフイルムを製造することが記載されており、また、第五引用例(成立に争いのない甲第七号証)には、エチレン―ビニルアルコール共重合体を他のポリマーフイルムに溶融押出コーテイングなどの方法で、バリヤー・コーテイング(rev<省略>tements d'<省略>tanch<省略>it<省略>)する技術が記載されているが、右いずれの引用例にもエチレン―ビニルアルコール共重合体フイルムを軽量食品包装用フイルムとして用いるについての前叙の如き技術的問題点の解決方法を示唆する記載を見出すことはできない。
更に、第六引用例(成立に争いのない甲第八号証)は、可塑化樹脂組成物についての特許公報であり、そこには、「一般に、エチレン含有率七〇モル%以下のエチレンと脂肪酸ビニルとの共重合物を九五%以上けん化して得られる熱可塑性樹脂は、透明な硬い成形物を与え、特に酸素の透過性の少ない特異なフイルム又はシートとして有用であるが、これらの成形物に実用上十分な機械的性能を与えるには、原料樹脂の重合度がある限界以上であることを必要とする。しかるに、このようなヒドロキシル基を有する共重合樹脂は、一般に、溶融時の粘度が高く、重合度の大きなものは成形加工が容易でない。」(一頁左欄発明の詳細な説明冒頭から六行ないし一五行)、「また、可塑剤を使用しない前記樹脂の成形物は、硬くて脆いため、用途に著しい制約を受けている。」(同頁右欄七行ないし九行)、「この共重合樹脂けん化物に類似した性質を有する樹脂であるポリビニルアルコールでは、グリセリンやエチレングリコールなどを可塑剤として添加することが行われている……」(同欄一二行ないし一六行)との記載のあることが明らかであり、右記載によれば、エチレン―ビニルアルコール共重合体の特性として、気体不透過性があるものの、反面、硬くて脆く、成形加工が容易でないので、可塑剤など種々の物質を添加して、この欠点を改善すべく努力されているものの、いまだ十分でなかつたことが認められる。
これまで検討してきた第二引用例ないし第六引用例の記載を総合すると、エチレン―ビニルアルコール共重合体は、気体不透過性をもつ反面、脆くて成形しにくいという欠点があることによつて、可塑剤を添加しなければならず、その用途にも制約があると考えられていたことが窺われる。
これらの事項を前提として、最後に第一引用例の記載内容をみるに、第一引用例(成立に争いのない甲第三号証)は、「プラスチツクフイルムラミネートの現状と動向」と題する論述であり、プラスチツクフイルムラミネートにおいて、その基本目的が、一種類の素材では不足な性能を、他の材料と貼り合わせることにより補うことにあること、ラミネートの材料を考える場合には、素材の物理的、化学的特性のほか、実用上の機能的特性などが考慮されるべきであるとして、主要なラミネート用材料として、ガス遮断性の優れた塩化ビニリデンコートポリエステルフイルムやビニロンフイルム(ポリビニールアルコールフイルム)を掲げたうえ、代表的なプラスチツクフイルムラミネートの一つとしてビニロンフイルムを中間層として、その両面にそれぞれ防湿セロハンとポリエチレンフイルムを積層した三層ラミネートが示され、それが酸素透過度が小さく、味噌、みかんなどの包装に用いられることが記載されているが、第一引用例には、エチレン―ビニルアルコール共重合体フイルムは、軽量食品包装用ラミネート用材料として掲げられておらず、ましてや、第一引用例には、本願発明のような構成を採択することによつて、エチレン―ビニルアルコール共重合体のもつ前記の如き欠点を改良して、軽量食品包装用フイルムとして要求される酸素透過抵抗性、防湿性、耐油性を備え、しかも、強度や真空成形性などを達成するという技術的示唆があるものとはみられない。
この点、被告は、エチレン―ビニルアルコールが、ビニルアルコール単位とエチレン単位とからなる共重合体であり、ポリエチレンとポリビニルアルコールとの中間的特性を有することを根拠に、気体不透過性に優れたビニロンに代えて、エチレン―ビニルアルコール共重合体フイルムを用いることは容易であると主張するが、共重合体は、単なる混合物と異なり、中間的特性以外にもそれぞれ独自の性質を有する場合もあるから、化学構造上から予測される中間的特性のみを考慮して足りるものではなく、酸素透過抵抗性が大きいという特性が両者に共通してみられるとしても、そのことのみによつて、第一引用例にみられる三層ラミネートフイルムの中間層であるポリビニルアルコールフイルムに代えて、エチレン―ビニルアルコール共重合体フイルムを用いることが適宜に行いうることであると判断するのは誤りである。
そして、本願発明にかかる軽量食品包装用三層ラミネートフイルムは、特許請求の範囲に記載されたとおりの具体的構成に基づいて、高湿度雰囲気下における酸素透過抵抗性、防湿性、耐油性はもとより、優れた真空成形性、成形容器の低温度落下破損率の低下などの顕著な効果を奏するものであるが、各引用例のなかに、かかる効果を予測せしめる示唆を見出すこともできない。
そもそも、第一引用例は、前叙のとおり、プラスチツクフイルムラミネートについての一般的な論述にすぎず、かつ、エチレン―ビニルアルコール共重合体について触れるところがないのであるから、他の引用例にみられるように、エチレン―ビニルアルコール共重合体の一応の特性が当業者に知られているとしても、第一引用例の記載に基づいて本願発明において具体化されたようにラミネートの素材及びその構成を特定して前叙の如き顕著な効果を奏する軽量食品包装用ラミネートフイルムを実現することは容易なこととみるべきではない。
以上のとおりであるから、本願発明をもつて各引用例記載の技術内容に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の判断は、誤りであり、違法として取消を免れない。
三 よつて、審決の違法を理由に、その取消を求める原告の本訴請求を正当として、これを認容することとする。
〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四四年四月二四日、特許庁に対し、名称を「ラミネートフイルム」とする発明につき特許出願(昭和四四年特許願第三二〇八三号)し、昭和四九年二月一三日、出願公告(昭和四九年特許出願公告第六一九二号)されたところ、訴外昭和電工株式会社、東レ株式会社及び正木達夫からそれぞれ特許異議の申立があり、昭和五〇年一一月二五日、右昭和電工株式会社からの異議の申立につき理由がある旨の決定がされるとともに、拒絶査定を受けた。そこで、原告は、昭和五一年三月一五日、特許庁に対し、審判を請求し、同庁昭和五一年審判第二五二九号事件として審理された結果、昭和五三年四月一七日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がされ、その謄本は、同年五月二五日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
「エチレン量約二八ないし四五モル%極限粘度約〇・〇八ないし〇・一五l/g及びけん化度九七%以上のエチレン―ビニルアルコール共重合体の厚さ約一二ないし三〇μのフイルムの一方の面に厚さ約四〇ないし七〇μの低密度ポリエチレンを、他の面にポリプロピレン、ナイロン、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリ塩化ビニルより選ばれた一種の厚さ約一二ないし三〇μのフイルムを積層した構造を有する軽量食品包装用三層ラミネートフイルム。」